一日中、クリスマス [合唱・聖歌隊]
今日は大学のクリスマス行事の日。午前中はミサ、午後は広報室主催のクリスマスコンサート、その後は学生会のクリスマス会、終わった後は学生とのクリスマスのお茶会。午後のコンサートで、聖歌隊でいつもお世話になってるS先生のピアノ演奏があった。メインはリストの愛の夢第3番とバラード2番だったが、去年の演奏よりも音がクリアになった気がする。構成が骨太に感じた。お茶会はなんとなくお付き合い気分で出たんだけど、普段聞けないような聖歌隊の学生の話が聞けてこかなり楽しんだ。朝8時に家を出て、18時半過ぎに帰宅した。これって普通にお勤めしてる人の生活かもしれないが、一日で草臥れた私には普通にお勤めするのは無理かもね。
第九、無事に(なんとか)終了! [合唱・聖歌隊]
頭を抱えたくなるような前日リハから一夜明け、泣いても笑っても本番の日。チケットは9割以上売れてるとの情報が入ってる。凄いぞ! 午前中にウォーミングアップして、前日リハでコケたところを練習した。3日前まで110人だった合唱団がいきなり180人になったので、いろんなことが起こってる。立ち位置で誤魔化せる、違う、直せるところは何とか修正し、絶対に譲れないところはギリギリまで手をかける。正午からの最後のオケ合わせの出来は前日よりも良くなってるが、指揮者からの指示の箇所をさらに小返しをした。私の仕事はここまで。やるだけのことはやったと居直るのでもなく、諦めるのでもなく、なんとなく淡々とした気分。あとは観客として聞かせてもらうだけだ。
開場前のロビーには例年以上のお客さんが集まり、開場時間を15分早めた。開園10分前には空いてる席が探せないほどに満席近い状態だった。演奏が始まり、プログラムが進み、4楽章の合唱の出番が近づいてくるとこちらも緊張してくる。歌いだしはヒヤリとしたが、何とか進んでいく。どうしてもフライングするメンバーがいた箇所はクリア、フーガ前のアルトの音程も許容範囲(本当か?)、前日練習で崩壊しかけたフーガも。と、一つ一つ危うい箇所を指折り数えながら聞いていた。幼稚園児1人と小学生5人も頑張って歌っていた。この6人のうち5人は今年初めての参加で、正直なところ、この子たちは本番のステージに乗れるんだろうかとかなり心配したが、それでもメンバーの協力もあって何とか歌いきった。音楽的なことを考えるのなら、無茶をやってるし、オケにもかなり迷惑をかけてるのは十分承知だけど、地域の合唱団としてできることは受け入れたい。そんなこんなを考えながら聞いてるうちに終盤のプレスティッシモに入っていった。ここでの指揮者の要求のテンポは譜面上の指定テンポよりもとんでもなく速かった。数年前のゴンザレスさんの指揮で速いテンポは経験済みと思ってたけど、その上を行きましたね。最後のテンポ変化も何とかついていき演奏終了。例年以上に大きな拍手と歓声を頂いた。そしてカーテンコールでステージに上がって驚いたのは、観客席に「〇△さん、ありがとう!」などと書かれたたくさんのプラカードがあったこと。こんなことは今までなかった。四つ切画用紙ほどの大きさの紙がたくさん掲げられていた。今まで演奏することに精一杯だったけれど、ここが被災地であったことを改めて実感した。合唱メンバーにも津波で流されたところをヘリに救出され、運ばれてきたのがこの市民会館だった人もいる。毎年演奏してるホールも停電で真っ暗な中、観客席の椅子で夜を明かしたという。(市民会館はそのまま数か月間、危難所として使われた。)いろんな思いが込められた演奏会だったんでしょうね。私自身はステージで歌うわけじゃないので、かなり冷静に状況を見ていたつもりだけど、足りないところはもちろん多いが、とにかく楽しく本番を終えられたのが一番でしょう。今年出来なかった課題は来年の練習に持ち越します。それにしてもこの第九って、何度歌っても本当に難しいですね。
開場前のロビーには例年以上のお客さんが集まり、開場時間を15分早めた。開園10分前には空いてる席が探せないほどに満席近い状態だった。演奏が始まり、プログラムが進み、4楽章の合唱の出番が近づいてくるとこちらも緊張してくる。歌いだしはヒヤリとしたが、何とか進んでいく。どうしてもフライングするメンバーがいた箇所はクリア、フーガ前のアルトの音程も許容範囲(本当か?)、前日練習で崩壊しかけたフーガも。と、一つ一つ危うい箇所を指折り数えながら聞いていた。幼稚園児1人と小学生5人も頑張って歌っていた。この6人のうち5人は今年初めての参加で、正直なところ、この子たちは本番のステージに乗れるんだろうかとかなり心配したが、それでもメンバーの協力もあって何とか歌いきった。音楽的なことを考えるのなら、無茶をやってるし、オケにもかなり迷惑をかけてるのは十分承知だけど、地域の合唱団としてできることは受け入れたい。そんなこんなを考えながら聞いてるうちに終盤のプレスティッシモに入っていった。ここでの指揮者の要求のテンポは譜面上の指定テンポよりもとんでもなく速かった。数年前のゴンザレスさんの指揮で速いテンポは経験済みと思ってたけど、その上を行きましたね。最後のテンポ変化も何とかついていき演奏終了。例年以上に大きな拍手と歓声を頂いた。そしてカーテンコールでステージに上がって驚いたのは、観客席に「〇△さん、ありがとう!」などと書かれたたくさんのプラカードがあったこと。こんなことは今までなかった。四つ切画用紙ほどの大きさの紙がたくさん掲げられていた。今まで演奏することに精一杯だったけれど、ここが被災地であったことを改めて実感した。合唱メンバーにも津波で流されたところをヘリに救出され、運ばれてきたのがこの市民会館だった人もいる。毎年演奏してるホールも停電で真っ暗な中、観客席の椅子で夜を明かしたという。(市民会館はそのまま数か月間、危難所として使われた。)いろんな思いが込められた演奏会だったんでしょうね。私自身はステージで歌うわけじゃないので、かなり冷静に状況を見ていたつもりだけど、足りないところはもちろん多いが、とにかく楽しく本番を終えられたのが一番でしょう。今年出来なかった課題は来年の練習に持ち越します。それにしてもこの第九って、何度歌っても本当に難しいですね。
クリスマスと第九と [合唱・聖歌隊]
午前中は所属教会のミサと避難訓練と聖歌隊練習。クリスマスが2週間後なので、いよいよ切羽詰まってきた。その後は用事を済ませ、明日の講義の準備をしてから、夕方から第九の練習。こちらは本番が1週間後に迫っている。今日で私の受け持ちの練習は終わりで、あとは指揮者に任せることになる。もちろん微調整のための練習はやるけれど、今日で決めるところは決めておきたい。やるべきところはまだまだたくさんあるので、できるだけポイントを絞り進めたつもりだが、まだ荒いところもたくさんある。
休憩中に、大学の先輩でもあるメンバーと話していて、「スクラムを組む」という話題から、学生時代に70年安保で定禅寺通りの車を止めてデモをして機動隊とにらみ合った、なんて話を聞いた。そうしたら、60年安保のことを話してくれるメンバーもいたり…。今ではみなさん、リタイアして第九なんて歌ってるけれど、それぞれの学生時代にはいろいろあったんだなぁ・・・と思ったり。なんだか嬉しくなった。
あとは覚悟を決めて指揮者に合唱団を渡すだけですね。
休憩中に、大学の先輩でもあるメンバーと話していて、「スクラムを組む」という話題から、学生時代に70年安保で定禅寺通りの車を止めてデモをして機動隊とにらみ合った、なんて話を聞いた。そうしたら、60年安保のことを話してくれるメンバーもいたり…。今ではみなさん、リタイアして第九なんて歌ってるけれど、それぞれの学生時代にはいろいろあったんだなぁ・・・と思ったり。なんだか嬉しくなった。
あとは覚悟を決めて指揮者に合唱団を渡すだけですね。
聖歌隊の梯子 [合唱・聖歌隊]
午前中は所属教会のミサと、そのあとは聖歌隊の練習。来週の答唱詩篇に少々手こずった。そのあとはバビューンとカテドラルに移動して、こちらでも来週以降の聖歌練習。やはり答唱詩篇にてこずった。覚えちゃえば簡単な曲なんだけど、歌う回数が少ないので仕方ないかな。カテドラルの聖歌練習は今日で年内の練習は終わり。年明けは1月末になる。